今日の午後3時過ぎの豪雨はすごかった。雷が鳴り記憶にある雨の中でも近年経験したことがないすさまじいものであった。浸水するのではでと心配した。幸いにも5時過ぎると雨も上がってきた。緊張していたが、ほっとしたのでウイスキー水割り4杯ほど飲んで6時過ぎに外に出てみた。昨日が夏至であり外はまだまだ明るく、青空が見え雨上がりのためひんやりした澄んだ空気であった。それと同時に心地よい匂いがする。懐かしい子供の頃の匂いである。薪を燃やしているのか?風呂を薪で沸かしているのかな。決して不快なきついにおいではない。ほのぼのとした匂いである。以前から思っていたのだが酒に酔うと嗅覚が敏感になると思う。子供の頃はどこの家も風呂は薪で沸かしていた。その匂いがよみがえってきたのである。
地域にはそれぞれの匂いがある。田舎に住んでいて都会に行くと都会の匂いがする。それは飲食店の匂いである。飲食店が乱立している都会の匂いなのである。田舎にはそれがない。薪を燃やす臭いであり、牧場の牛の匂いであり、畑のセロリーの匂いである。たまには都会の匂いを嗅ぎたい。よく言われるのが外国から東京に来て飛行機から降りると醤油の香りがするという。反対に初めて香港の昔の空港、啓徳空港に着いたとき、にんにくをフライパンで焼いている匂いがして食欲をそそられたことをはっきり覚えている。香港の匂いだそうである。
ところで初めて香港に行った当時はまだ「九龍城砦」が存在していてその異様なスラム街の集合建築物には度肝を抜かれた。残念だが国策でその集合物体は取り壊されてしまった。今も存在すれば絶対に「世界遺産」になっていただろう。『悪の巣窟』と言われ続け取り壊しは仕方なかったのかもしれないが、やはり一度壊すと元に戻らないという事をしっかり受け止めなければならない。
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最近の講演は聞いていて退屈、苦痛なものが多いような気がする。
講演は1時間半から2時間というのが定番である。面白いと話に引き込まれあっという間の時間である。しかし面白くないとこれが苦痛である。
昔は若かったという事もあるかもしれないが時間があっという間に過ぎる講演を聞き感動したものだ。話がうまい、聞きやすいのがテレビのアナウンサー。さすがに聴衆のツボを心得ていて聞いていて心地よい。感動した講演、今も鮮明に覚えている。『山口一門』昨年亡くなったが、以前の茨城県玉川農協組合長、全国農協問題研究所会長を務められた方で、その迫力ある話に圧倒され休憩を取っての3時間はあっという間に終わってしまった。聞いたのは今から30年くらい前だったと思うが、農協が本来の目指すべき相互扶助の精神から外れているのではないかと警鐘を鳴らした。はっきり覚えているのが、「農業が嫌いな農家のせがれが農協職員になる」「農協は物売りに走りすぎている。職員にノルマが課せられ保険の勧誘、背広や家電の注文など、通常業務終了後組合員の家を訪問している。そのため農家では車の音がすると、農協が来たぞということで家の電気を消して息をひそめている」など皮肉たっぷりに面白おかしく話した。農協職員が話すので余計に面白く農協のあり方を問いかけた。
『久保田武嗣』教師、現在もご活躍中と聞いている。1980年頃の実践を話された。東京教育大学卒業後上田市の私立城南高校で教壇に立った(現在の上田西高等学校)当時私立高校はその地区では唯一の学校であり「官尊民卑」の風潮の残る長野県では私学の進む道は険しく、落ちこぼれ、非行など繰り返す生徒が多い学校であった。その中で最もひどかった2年C組を受け持つようになる。なぜ2年からかというと、1年時の担任があまりに荒れるクラスのため病気になりやめてしまったからである。その後を引き継ぐこととなった。その2年間の葛藤、いかにクラスを立て直したかを熱く話された。話の中で「美紀」(仮名)という生徒を中心に話が展開していく。この生徒がどうしようもない生徒で非行の限りを尽くすわけであるが、久保田氏はなぜか彼女の持っているスケールの大きさに着目して更生させクラスのリーダーになることを思い描いていた。しかし何度も彼女に裏切られ警察の厄介になり、職員会では退学しかないと判断し本人・家族から退学願が出るが、一時預かりとしてその後本人を説得して復学させる。そして最後は「美紀」がクラスを引っ張り感動の卒業式を迎える。というストーリーである。
親から「私立高校に子供を通わせているというだけで、私たちがなぜこのような惨めな思いをしなければならないでしょうか」と訴えたことに胸を痛め保護者会を強固にし、やがて親たちが率先して学校行事に参画しこのクラスを立て直す一役を担うことになる。最後の卒業式の場面では聞いている我々は涙を止めることができなかった。本当に素晴らしい2時間を与えてくださったことに感謝している。
ではなぜ最近の講演はつまらないのであるか。それは【パワーポイント】である。何か勘違いしているのかパワーポイントを駆使出来ないと講師でないと思い込んでいるのではないだろうか。確かにパワーポイントの良さは認める。数字をグラフ化する、写真・動画を織り込める、等たくさんある。しかしパワーポイントの画面と同じものが資料として配られ、薄暗い会場でスクリーンの画面が変わるたびにその資料を確かめながら聞く。講師もスクリーンの説明箇所を「今ここだよ」と言わんかのように、レーザーポインターで追っていく。
こんな講演、感動を呼べますか。講師の身振り手振り、表情、聴衆を講師の訴えようとする世界に引き込んでいく話術、これらが融合して感動する講演会になるのではないか。20年も30年も前の話を覚えているのはそれがあるからだ。
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7月16日の朝日新聞「be」に連載されている「サザエさんをさがして」に興味ある記事が載っていた。
『社員旅行 絶滅危惧種 と思いきや』というもので1960年代は大団体の社員旅行が流行っていたがやがて職員の価値観などで個人の旅行に変化していったが、「絶滅危惧種」とみられた社員旅行が最近見直されているといった内容。写真には熱海市での大宴会の様子が載っている。紡績会社の社員700名が乾杯しているが列の奥は米粒のよう。実は私69年頃熱海の「大月ホテル」でアルバイトをしたことがある。当時の熱海は大ホテルが林立していて壮観であった。「ニューフジヤホテル」「つるやホテル」「静観荘」「熱海グランド」「熱海後楽園」などなど。大月ホテルは山田弥一氏が創業者でこの方は運輸政務次官まで務めた方です。その数軒隣が「つるやホテル」でこちらも衆議院議員を務めた畠山鶴吉氏であり熱海の同業者による勢力争いをしていたのであります。ちなみに現在民主党の代議士、川内博史氏の奥さんは山田弥一氏の孫です。
現在残っているホテルは大月、後楽園くらいで後は経営者が変わってしまったり、廃業してしまったりと、昔の面影は遠い過去となってしまいました。これも大団体の旅行が激減したためといわれています。でも熱海は何回行っても良いところです。
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今日の新聞に国の文化審議会が新たに178件の建造物を有形文化財に登録する記事が載っていた。その中に諏訪湖ホテルの迎賓館と菊の間が該当していた。実は私は20代前半に諏訪湖ホテルにお世話になっている。菊の間は当時は貴賓室と呼ばれていた。昭和36年だったと思うが昭和天皇ご夫妻が確か植樹祭だったと思いますが諏訪を訪れた時宿泊場所が諏訪湖ホテルであり、お休みになったのが貴賓室(菊の間)です。以後皇室とのかかわりが深くそんなところから菊の間と呼んでいるのではないかと思いました。
諏訪湖ホテルは大正から昭和にかけてシルクエンペラーと呼ばれた片倉財閥が経営するホテルです。製糸産業で財を成すわけですが、「女工哀史」「ああ野麦峠」など良いイメージがないかもしれませんが、あれは片倉がモデルではありません。片倉は従業員の福利厚生に力を入れ、女工に習い事をさせたり、また福祉施設として隣接する千人風呂で有名な片倉館を建設したりしました。
また教育にも力を入れ学校を何か所か作っています。松商学園も片倉財閥がかかわっています。私がお世話になった時の社長、片倉基治氏が亡くなった時(すでに退職していましたが)香典を知り合いに託しましたが、後にご子息さんから私に「せっかくの香典ですが教育発展のため関係機関に寄付させてもらいました」という手紙が届きました。わざわざ住所を調べ丁重な手紙をいただいたことに感銘しました。
今回の登録は退職後40年近くたつわけですが、なにか自分のことのように非常にうれしかったです。
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数日前の信濃毎日新聞に第51回農村医学夏期大学講座の予告記事が載っていた。
今年は俳優の菅原文太氏が「みんなを幸せにする野菜作り」という講演もあるそうだ。
昨年は50回記念講座で若月俊一生誕100年にもあたり会場も従来の佐久総合病院から近くの「コスモホール」に移して開催された。
私は現役最後の年(厚生連の職員だった)でもあるので冥土の土産にと受講した。
私が就職したころは3日間行われていて、各厚生連病院から手伝いに前日から行っていた。それはそれで結構楽しかった。3泊するわけだが夜は毎日飲み会。1日目、佐久病院内白樺レストラン 2日目近くの「洞庭春」という中華料理屋、3日目夏期大学の交流会という名の懇親会、と毎年同じパターンだったが。

昨年受講生として参加し交流会も参加した。宴会最後は必ず若月俊一作詞、松島松翆作曲「農民とともに」を全員で肩を組んで歌う。佐久病院の現事務長の言葉を借りれば、今時こんな時代錯誤なことを行うのか。でも農村医学の父、若月俊一先生から教えを受けた、農村医学のメッカと呼ばれる佐久病院の催しに参加できた自分は貴重な授かりものを受けたなとたいへん感謝している。
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プロフィール

加々見保樹

Author:加々見保樹
山梨県との県境、長野県富士見町葛窪の住人
現在富士見町議会議員です。

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