昨日は、区の土地の境界を確かめる「塚廻り」が行われた。私は財産区の委員をしていて年2回土地を見て回っている。
今回は集落内の飛び地を確認した。秋には山林の手入れ作業があり、作業場所の確認をすることになっている。
我が集落「葛窪」は最近発行された「葛窪区史」によると村が興されたのは平安時代と推察されている。そんな古い歴史のある田舎・集落には不気味な今流の言い方では『DEEPな』場所がある。昔の生活では必要な場所であった。
「甲六川権現沢の熊野社」山梨県との県境が甲六川でありその岸に安山岩の岸壁の窪みに熊野社の祠が祀られている。その場所の川が高さ5mの一枚岩で滝となって水が落ちている。那智の滝を思い出させる。以前その祠の横に蛇を刻んだ石塔があったが、なぜか今は無い。蛇を刻んだ石塔は珍しくまた不気味な感じである。
「休禅墓地」安楽院阿弥陀堂(札所)の住職、水野休禅が明治8年に亡くなりこの地に葬られた。毎年供養している。
「馬伏せ場」農家では馬は農耕に欠かせない大事な家畜であった。冬は農耕がないため馬が運動不足になる。そのため悪くなった血液を馬の首から抜いたそうである。その場所が馬伏せ場。血取り場と言う集落もある。
「後産墓地」昔は出産は家庭で行っていた。出産後の後産(胎盤等)をその場所に葬った。近年病院等での出産になり使われなくなった。
「馬捨て場」農耕馬が死亡するとこの場所まで運び穴を掘り埋けた。その時駐在所の警察官が確かに埋けたか立ち会ったそうである。しかし立ち去った後は掘り起し解体し肉を持ち帰ったそうである。その時代貧しい田舎では肉は貴重なものであった。また掘り起こしやすいように浅く埋けて、警察官にも肉をおすそ分けすることもあったようだ。
どうです、怖いもの見たさで行きたくなるでしょう。しかし現在は林の中に境界杭でその場所を示しているだけでまったく面影はありません。でも「馬捨て場」は発掘すると肉をはぎ取られた骨格が出てくるのでは?
夏休みの肝試しには格好の場所でしょうね。我が富士見町では『第3のシナリオ』と称し歴史的、文学の舞台等を巡る観光戦略を企画している。その一つに入れてみるというのはどうかな。
pagetop
プロフィール

加々見保樹

Author:加々見保樹
山梨県との県境、長野県富士見町葛窪の住人
現在富士見町議会議員です。

最新トラックバック