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2016/12/31

父の死

それは12月23日の朝突然やってきた。妻が実家の父が亡くなり通夜の準備で行っていたため、私が父の朝食の準備をしていた。母が起きてきたので布団を上げようと部屋に入ると、父の様子がおかしい。呼んでも反応がない。慌てふためいてしまった。娘も駆けつけ呼び続けたが同じであった。
救急隊員が駆け付け心電計他装着したが明らかに死亡していた。当然搬送はしないことになり、その後警察による死体検案が行われた。病院の院長も駆けつけていただき、死亡時刻は前日の22時頃となった。
その日夜、父を風呂に入れた。いつも湯船につかると「ああ気持ちいい」と嬉しそうに言っていたが、その日は言わなかった。相当疲れているようであった。ひげをそってあげて体を洗い着替えて床に就いた。それが最後であった。
28日の葬儀には大勢の人々が会葬された。弔辞は当初2名の方から申し出があったが、当日更に2名の方からの申し出があった。父は長年教員をしていたのでその教え子が大勢いて、教員の仲間2名、教え子2名から頂いた。その中の印象的な一説を紹介する。「自宅から学校まで往復14キロの道のりを毎日歩き、私たちが山道で遊んでいる側を足早に通り過ぎていく先生の片手には、いつも名のない小さな花が咲いた草が一本握られていました。先生は遊んでいる私たち生徒を見て暖かいまなざしを投げかけるだけで、道草を食わないでとか、勉強しなさいとか、その他一切の説教もなく、また当然のことながらお褒めの言葉もなく、あたかも『一陣の風』のように追い越していかれました。何という不思議な軽快で一直線の姿だったことでしょう。俗世の名利、教師という高い地位とは無関係に生きるあたかも大人になった『風の又三郎』のような感じでした。・・・・」本当にあっという間にあの世に逝ってしまいました。
父は、植物・地学・気象・絵画・寺院など幅広くいろいろな事に興味を持ち自分の好きなことをすべてやりつくして旅だったと思います。幸せな人生だったと思います。
さて残された置き土産、『石、化石、本人が気に入っていたジャングルのような庭、また特に書物』これが莫大な量であり凡人の私としては果たして価値があるものなのか、今後どうかたずけて整理したらよいのか見当がつかずただ茫然としているところです。もうすぐ新しい年が訪れます。それから考えます。
お世話になった皆さんに、父に代わりお礼申し上げます。
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プロフィール

加々見保樹

Author:加々見保樹
山梨県との県境、長野県富士見町葛窪の住人
現在富士見町議会議員です。

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