我が集落、葛窪に蕎麦店がオープンした。『喜蕎八』“ききょうや”である。山梨県との県境、『八ヶ岳リゾート アウトレットモール』の甲六川を挟んだ長野県側にある。何年も空き家になっていた民家で営業している。その民家は手入れが行き届いていて、庭も見事であり蕎麦店にはもってこいの建物である。
昨日オープンし、本日昼にお邪魔した。オープンに先立ちチラシ等の宣伝はしていないため、私がお邪魔した時は一組の客がいただけだった。十割と二八があり、もり、天せいろ、鴨汁せいろ、などがある。セットメニューとして、くずくぼ御膳、お手軽御膳がある。今日はお手軽御膳を注文した。3点盛りの突出しが出て、そのあと煮物、蕎麦、なぜか一緒に蕎麦の実入りのご飯が出た。そしてデザート、コーヒーor紅茶のセット。またサービスで そばいなり が付いた。くずくぼ御膳はこれに天ぷらがプラスされる。
すべて美味しかった。また部屋からは廊下越しに見事な庭園が眺められ、至福のひと時を過ごした。寒かったのでお銚子2本いただいた。これも結構でした。近くに飲食店ができるとうれしいものだ。こんな、ど田舎なのでなおさらだ。是非繁盛してほしいと願う。
お座敷
廊下越しのお庭
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明日は葛窪区の祇園祭である。神楽保存会によって神楽舞が伝承されている。現在富士見町には神楽があるのは我が葛窪区以外では2集落のみである。また葛窪区の神楽は町の無形文化財に指定されている。
代々、保存会の会長は1年こっきりであり、区役員の総務部長(区長歴任後、翌年の役職)が当たることになっている。私は昨年会長であった。先月保存会の総会を行い新会長に引き継ぎ新体制で2週間前から神楽舞の練習をしていた。ところが先週末会長の親が亡くなり祭りごとを指揮できなくなり、保存会で協議の結果、前会長の私が会長代行となってしまった。昨日が最後の練習日。昨年から練習の最後は会長の舞いで打ち上げることを会長の私が提案し私の舞いで打ち上げた。今回も本来ならば私が最後の舞いをしなくてはならないわけであったが、最近腰痛が続いていて悪化させる恐れがあるので、保存会のメンバーで指導的立場にある平出久人さんにお願いした。(本当は自分が舞って後輩たちに華麗な舞いを見せつけたかったなー)。現在の練習に出てくる会員の中では一番の舞い手である。さすがに見事な舞いで締めくくってもらった。
明日は会長代行として指揮しないといけないが、お札配りもしなくてはならない。お札配りは各戸にお札とタオルを配りご祝儀を集める役である。区のそろそろ長老となる人物に役が回ってくる。自分としてはまだ若いつもりであるが・・・。人生そろそろ終盤かなと感じることがもう一つある。小学校の運動会の種目に『太公望』というのがありそれに出場しなくてはならなくなった時。これは釣竿を持ってグランド半周し厚紙で作られた魚を釣ってゴールする競技で、運動会の招待者が出場する。私が最初に出たのが消防団の分団長の時。そして現在議員として毎回出場している。1着になるのは大人げないし、しかしビリになるのは恥ずかしいし、微妙な競技である。しかし私よりだいぶ高齢の方がすいすい魚を釣ってしまうと余計にあせり悪循環となってしまう競技でもある。
今夜は明日の準備を保存会員で行う。明日は天気も良く暑くなるらしい。明日が終わると本当にお役御免となるであろう。
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本日北杜市役所で「小淵沢駅周辺活性化計画策定委員会」が開かれ傍聴してきました。
小淵沢駅舎・駅前広場整備事業として平成22年に基本構想が発表になりその後検討委員会等で検討され最終的に平成28年度に完成する計画です。私の家は小淵沢町と接していて何かと関係が深いため傍聴しました。
小淵沢駅周辺地域活性化と小淵沢駅舎・駅前広場整備の2点を話し合われました。今回が4回目で最終委員会だそうです。
計画は東京芸大、北川原研究室に計画案を委任しプレゼンテーションされました。小淵沢の持っている資源、水、太陽、星空を生かしアートの施設が多いことなどから、芸術を柱に活性化を図るという提案でした。委員からは小淵沢には80件余の飲食店があるが中には超有名店もありそこの施設は遠方からも来店している。特色ある「食」で観光客誘致に努めるべきだなどの意見も出された。またプレゼンのとおり美術館等アートの施設が多いのでアートライン(シルクロードのような)を作ったらどうかなどの意見も出された。
駅舎・駅前広場では計画では樹木を植栽するようになっているが小淵沢は寒さが厳しいので今年のように雪が多いと日陰になり凍って大変危険である植栽するなら背丈の短いものにしてほしい。管理を地元でするようになり高齢化の中では管理が大変だ。等の意見が出された。
中央道が開通し小淵沢インターができて、活性化したのはインターより八ヶ岳側になってしまった。駅周辺の商店街は寂れる一方で駅ばかりきれいになっても、商店街は活性化できるか難しい。との意見もあった。
策定委員会は今日で終わり、以後実行していく部会に引き継がれることとなった。
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昨日、富士見高原病院の「病院祭」に招待され行ってきました。今回、第13回ということで諏訪地方では最近主な病院も病院祭を催しているが富士見高原病院が一番最初に開催しました。もともと県内厚生連の病院が祭りを始めたわけで特に佐久総合病院は昭和22年から開催し今年第66回の病院祭を開催した。
オープニングセレモニーで安達院長から「この病院祭は地域に根付き今では富士見町の三大祭に数えられている」との挨拶があった。町長の祝辞もつられて「この富士見の三大祭である・・・」と言った。この三大祭発言は、井上統括院長が言い出したことで別に認定されているわけではない。しかし確かに盛大な祭りになりしっかりと富士見町の年中行事となっている。日本人はこの「3」が好きである。三役、三大奇祭(昔、御柱祭を日本三大奇祭と呼んでいた。今は天下の大祭と言っている)、3人寄れば文殊の知恵、三脚、再三、三味線、三下がり、大三元、三馬鹿大将(50年以上前のアメリカTVドラマ。ラリー・モー・カーリー三兄弟のドタバタコメディー)、長嶋茂雄の背番号・・・等
今回の催しで、整形外科ブースの「手術体験」というのがあった。シミュレーション用のマネキンの大腿骨骨折の手術を来場者が体験できる内容である。実際に手術着を着て手術用手袋をはめて、大腿部に実際にメスを入れる。そうすると筋肉が表れ助手が患部を開き完全骨折している大腿骨を整復しドリルで穴をあけ金具をつけてビスで固定する、という本格的な内容。執刀医の汗も拭いてくれるドラマのシーンに登場するあの場面のサービスもあった。
昨日は天気も良く1,300人の来場者があったそうだ。来年も期待している。
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昨日、富士見高原病院を退職した者の集まり『厚友会』のメンバー15名が病院ロビーに集合した。
サナトリウムの唯一残っている富士病棟が病棟新築のため取り壊されることになり、最後OBたちが見学することになった。取り壊しのことは新聞等で取り上げられ今週28日から一般に公開すると報道されてから連日100名以上の方、県外からも見学に訪れているとのこと。今日は読売新聞で見て札幌から来た人がいたと記念館館長の荒川じん平さんが話された。
当初なんとか保存できないかと検討したが物理的、金銭的に無理ということで取り壊しとなった。展示物は看護師寮の空室へとりあえず移動して、その後取り壊した柱・床などを使いサナトリウムの雰囲気を伝える展示室を作りそちらに収めるそうである。
OBの中には初代所長 正木先生と一緒に働いた者もいて展示室の昔の写真を見て懐かしんだ。OBもここのところ一人減り、また一人減り今回集まったメンバーでは私が5番目の古参となってしまった。最後に記念館を背景に全員で記念撮影をした。その後町内の飲食店で懇親会を行い高原療養所の思い出を語り合った。
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プロフィール

加々見保樹

Author:加々見保樹
山梨県との県境、長野県富士見町葛窪の住人
現在富士見町議会議員です。

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