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2014/01/28

議会報告

1月26日(日)地元、葛窪区の通常総会が開催された。25年決算、26年予算案が主な議題。
毎年総会終了後、議会・町政の報告を行っている。昨年の議会・町政の報告を今回も約30分間しゃべくりまくった。
話した内容は、①議長選挙の顛末 ②医療費支給誤り ③メガソーラー ④広域消防一元化 ⑤特養「恋月荘」の移管 ⑥敬老年金支給条例 ⑦議会改革 以上である。
ちょっと内容に偏見のある題材と自分でも感じるが、それはそれでよいのではないか。
特に議長選挙はワイドショー的になり結構受けたような気がする。またメガソーラーに関しては昨年葛窪区の上に設置計画が持ち上がり区内でも、もめた経緯があり、富士見町には全体でどのくらいが限度(面積、発電量等)かについて私の一般質問での町長の考えも交えて説明した。これも真剣に聞いてくれていることが感じ取れた。また富士見町議会が議会改革に真剣に取り組んでいることも紹介した。
最後は任期はあと1年余であり微力ながら町のために働かせてもらう、ということで閉めた。そのあとのことについては一切触れなかった。
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第90回箱根駅伝は東洋大学が、3冠を狙った駒澤大学を破り優勝した。昨日の復路、駒沢の大八木監督は2分差ならひっくり返せるといっていた。その半分、59秒差でスタートしたがその差は広がるばかり。結局4分34秒差が開いてしまった。当初大方の予想は駒沢の圧勝だろうといわれていたが、圧勝したのは東洋であった。
さて山梨学院大学であるが、2区オムワンバがまさかの右足腓骨の疲労骨折で棄権。72回大会の中村祐二の途中棄権以来2度目の棄権。2区棄権は法政大学の徳本が棄権した以来2番目に早い棄権となてしまった。また留学生では初の棄権である。
選手は意気消沈してしまうところだが、3区兼子は区間6位相当(3区からはオープン参加となり、記録は残らない)5区井上も区間8位相当の走りを見せた。そして昨日の復路、6区桃沢は昨年もこの区間で18位に終わった昨年のタイムを上回り区間10位相当。圧巻だったのは9区阿部、10区森井が共に区間5位相当で走った。特に森井は昨年、大会前疲労骨折でメンバーに選ばれず、その悔しさから箱根を走るため自ら1年留年しその思いを成し遂げた。
復路は9位相当で、もし往路棄権がなかったら総合5位くらいにはなっていたと思う。
来年はまた予選会からの出発となる。4月には付属高校の『高校駅伝優勝』メンバー5人が入学する。試合後の報告会で上田監督は「今日の悔しさを来年は倍返ししたい」と訴えかけた。オムワンバの怪我がどの程度なのか気になるところだが、来年は是非優勝に絡んでほしいものである。それだけのメンバーが来年は揃う。
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昨日(29日)区間エントリーが発表された。山梨学院大学は2枚エース、オムワンバを前回と同じ2区、井上を今回初めて山登りの5区にエントリーした。今年10,000メートル28分台を記録した、田代を1区、1年生の佐藤は9区にエントリーした。佐藤は予想では1区かと言われていたが復路のエース区間9区である。山梨学院の場合復路は上級生が走っていて、今回のエントリーは憶測を呼んでいる。つまり佐藤がケガで当て馬としてエントリーかとか。ケガでないことを祈り、大抜擢で快走することを祈る。
他校での驚きは、東洋大学が設楽啓太・悠太が補欠にまわったこと。当日どこかに変更されて走ると思うが、ひょっとして体調不良でどちらかは走らないことも考えられる。もう一つは日大のキトニーがやはり補欠。予想では2区、オムワンバと激突と思われたが、当日は5区山登りに登場すると思われる。過去に留学生が山に挑んだことは、山梨学院のカリウキが挑戦したが、途中大ブレーキとなったことがある。やはり寒さに対応できないことが原因かと思われる。はたして今回はどうか。もしツボにはまって快走すれば、あの柏原の記録を塗り替えることも夢ではない。
スタート1区は早稲田・大迫がエントリーされた。駒沢の中村もエントリーされており、高速のレース必至と思われる。そこに山梨の田代がどう対応しオムワンバに繋げられるか、序盤の見どころである。
体調を崩さず、大手町のスタートラインに立つことを望む。
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昨日行われた全国高校駅伝で山梨学院大学付属高校が見事優勝した。
3年越しの悲願達成である。2010年全国ジュニアオリンピックで3000メートルで優勝した、当時甲府北中学3年の上田健太選手が、今回優勝メンバーの市谷龍太郎選手らに声をかけ共に山梨学院付属高校に進学した。今回の優勝メンバーの3年生5人は1年から走り、昨年は8位入賞。その夜来年は優勝しようと誓い合ったそうだ。
レースは1区エース上田が最後尾からのスタート。その後落ち着いたレース運びで先頭グループに付け、最後はスパート合戦で惜しくも小林高校の広末には負けたが1秒差で2区に繋いだ。2区は1年生小林。同じく区間2位で3区に。3区は世羅高校の留学生カマイシがトップに立ちこの時点で46秒遅れる。しかし4区市谷が16秒まで差を詰め、6区矢ノ倉がトップ世羅に3秒差まで詰めてアンカー主将の西山に襷を渡す。世羅、大牟田、伊賀白鳳との4つ巴のまま競技場へ。残り200メートルで西山がスパート。大牟田の鬼塚が必死で食い下がるも逃げ切った。スタンドが異様な雰囲気になる大接戦の中での優勝。正に3年間の集大成であった。
大会1か月前に行われた関東大会で、八千代松陰に32秒の大差をつけられ2位に終わった。持ちタイムでは負ける相手ではなかったのだが、チーム内にいつしか油断が生じていた。西山主将は緊急ミーティングを開き授業中は居眠りをしない、常に礼儀正しくする等「日々の生活で決められたことをしっかりやろう」と話し合った。レース後「あの関東の負け、反省会があったからこそ勝てた」と市谷選手は主将への信頼感を語った。
来年からはメンバー3年生は全員、山梨学院大学に進学する。次は大学で箱根駅伝優勝を目指す。
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ポールマッカートニーの東京ドーム公演に行ってきた。今回の日本公演、ポールの動向がやたらと注目を浴びていたのはご存じのとおり。関空に降りてきたとき法被を着ていた。1966年ビートルズ日本公演で台風による羽田到着が遅れ深夜にタラップを降りてきたとき、メンバー4人がJALのハッピを着ていたことは伝説となっている。それにあやかり今回の法被姿。大相撲九州場所を観戦し、その後懸賞までつけた。それらが大きなニュースとなっていた。
S席(16,500円)であったが、2階席の上から3列目。日本公演が発表され、最初チケットは抽選であった。すぐに申込み当選して手に入れた。しかしほとんど当選したと思う。でも公演間近になりチケットがネットオークションで40万円というようなニュースも流れていた。最初に申し込んだ恩恵か、席は通路の隣。つまり途中での出入りが難なくできる。これはよかった。
オープニングはビートルズナンバー「エイト・デイズ・ア・ウイーク」。いきなりの大盛り上がり。2回のアンコールを含めて全39曲。内ビートルズナンバーは25曲であった。2回目のアンコールの最初「イエスタデイ」では主催者が観客に配ったサイリウム(赤色)を揺らす。ドーム内が赤一色に染まる演出であった。配られた案内には「ポールマッカートニーさん本人には内緒の演出です」と書かれていた。また説明書きで面白い書き込みがあるので紹介する。
①くれぐれも他の楽曲で実行しないようお願いします。
②サイリウムは折ると同時に発光しはじめます。慌てなくてかまいません。2コーラス目の初めくらいで一面に染まるくらいが理想です。
③タイミングのわからない方は周囲の様子を見てからでも十分間に合いますのであせらずにお願いします。
最後はあの名曲「ゴールデン・スランバー」「キャリ・ザット・ウエイ」「ジ・エンド」と畳みかけるような演奏で終了した。
尚、キャロライン・ケネディー駐日大使がプライベートで来ていた。

「イエスタデー」


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プロフィール

加々見保樹

Author:加々見保樹
山梨県との県境、長野県富士見町葛窪の住人
現在富士見町議会議員です。

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